こころの相談室 HALPRIMURA -春プリムラ- | HALPRIMURA(春プリムラ)は女性の方を応援するこころの相談室です。悩み事などに関するカウンセリング。子供の学校相談。子供との接し方。人間関係など

TEL080-1588-2390
三重県伊勢市岩渕1丁目15−11
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9:00〜19:00(土日祝)

リラクゼーション・イメージ法

 ストレスの多い毎日ですね。体もかたくなり血行も悪くなってしまいがちです。こんな時は一日に数回、5分〜10分程度、リラクゼーション・イメージ法に取り組んでみることもお勧めです。  

 静かなお部屋でリラックスしてゆっくりと腰かけましょう。目を閉じましょう。

1 自分の呼吸に注意を向けてください。

2 ゆっくりと深く、3回ほど深呼吸してください。

  息を吐きだすごとに「リラックス、リラックス」と心の中で唱えましょう。

3 顔や目のあたりの筋肉がリラックスするのを意識しましょう。   

  リラクゼーションの波がだんだん全身に広がるのを意識しましょう。   

  まだ、緊張しているところがあれば、その緊張がゆるやかにとけるのを想像しましょう。

4 リラックスした状態を数分たもちましょう。      

 

 この状態で、自分が気持ちの良い自然の中にいるところを思い描きましょう。まわりの音、きこえてくる音、雰囲気などを細かく心の中に描いて、その中にひたってください。  

 そして、リラックスしたあなたのこころと体に良いエネルギーが流れていくのを想像してください。体が満ち足りていくことを感じてください。 身近な誰かの笑顔を思い浮かべてみてもいいですね。   

 そして、「こうありたい」とか「こうなりたい」という思いのある人は、自分のこころに語りかけてみましょう。「わたしは自分の意志で決めることができるし、歩むことができます。それを喜びと感じることができます。」「わたしは自分のこころが解放されて、目標を持って進んでいることに喜びを感じています。」というふうに。

 

5 まぶたの筋肉を軽くして、目を開ける準備をしましょう。

6 では、そっと目を開けましょう。  

  急に立ち上がらずに、手を開いたり握ったりして全身に力が戻るのをゆっくりと感じてから動き出しましょう。    

 

 こうしなければいけないという方法はありません。ちょっと疲れたなと感じたときは、ゆっくりと深呼吸したり、軽いストレッチをしたりすると元気も戻りやすくなると思います。  

 大切なこころと体を守るために、一日の中でゆったりとリラックスできる時間を取りたいですね。                                    2020年4月


「起こることはすべてベスト」!

 「大事なのは何があなたに起こるかではなく、あなたがそれにどう対処するかである。」という言葉をある本の中に見つけて、ハッと思いました。  

 毎日の生活の中で、本当に次から次といろいろなことが起こってきます。それは自分自身のことであったり、家族のことであったり、職場のことであったり、社会に起こっていることであったり…。 そして、そのときに冷静に主体性を持って行動できるということが何よりも大切なのだということを言っている言葉だと思います。でも、これはなかなか難しいことですが。  

 例えば、病気というものについて考えてみました。 

 私たちの身体にはとてもすばらしい免疫機能が備わっています。この機能において重要な役割を担っているのが白血球…。 白血球の仲間のリンパ球、マクロファージ、顆粒球たちは身体の中ですばらしい働きを年中無休で24時間、せっせせっせとしてくれています。 細菌などの異物を飲み込んで分解したり、ウイルスを攻撃したり、免疫がさらに活性化される物質を作ってくれたり、外敵の死骸まで処理してくれたり・・・と、かいがいしく働いてくれます。 これら力強い免疫細胞群を信じて、「今、身体の中で強い免疫細胞たちが、弱弱しい悪い細胞をやっつけてくれているのだ!」というイメージを思い描き、しっかりと生活の質を高めていくよう前向きに考えて生活していく、そういったことも前述の言葉の「どう対処するか」に当てはまるのだと思います。

 自分ができていることを大切に考えて、悲観しすぎず、どんな小さな一歩でもいいから何か具体的にちょっと前進できたら、そこから見える景色も、また違ったものに見えるかもしれません。

 「起こることはすべてベスト」くらいに考えて生きていけたらいいなと思うのです。  


中庭の亀さん Part2

 秋の終わり頃に大雨が降りました。私の勤める学校の中庭の池は、一晩中降り続いた雨によって大洪水をおこしました。  

 朝になって子ども達が登校すると、池には亀さんが一匹もいませんでした。  

 恒例の池の大掃除があって、まだ少ししか日が経っていませんでした。亀さんのいない池を見るのはとても寂しいものでした。   

 「帰ってきてくれないかなあ。」と言う子もいましたが、何日経っても亀さんは帰ってきてくれませんでした。  

 先日、その学校に行くと、前の4匹よりもずっと小さいけれど元気なかわいい亀さんがなんと4匹、池にいたのです。  

 卒業生たちが、在校生たちへの贈り物として亀さん4匹を探してきて池に放ってくれたのだそうです。  

 亀さんが来ると、また池は前のように命を持ち始めたように見えました。お昼休みには池の周りに座って亀さんを見ながらおしゃべりをする子どもたちの姿が見られるようになりました。  

 亀さんたちがすくすくと育ち、その池の周りで子どもたちの笑顔がずっと見られるといいなと思えた一日でした。  

 やさしい卒業生の皆さん、ありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


遠い日のイチジクの味

 おさない頃、近所に空き家がありました。その家の庭には大きなイチジクの木が2本ありました。秋には実がたわわに実り、やがてそれは地上に落ち、熟した実の香りがあたりに漂っていました。鳥が来てその実を食べるのを見かけることもよくありました。

 ある日、何人かの友達と遊んでいて、あのイチジクの実を取って食べてもいいかなあという話になりました。ある子は、「それは、どろぼうしたことになるかも。」と言いました。別の子は、「どうせ鳥が食べるか、落ちてしまうだけだから、取って食べてもどろぼうにはならないよ。」と言いました。 「ちょっと取って食べてみる」というワクワクした冒険に似た思いは、その行為の中にある後ろめたさのような思いに逆に刺激されて、「一度だけならいいだろう。」という結論に満場一致で達したのです。

 ドキドキしながらそっと庭に入り、ひとつだけ手に取りました。木に生ったままたっぷりと熟したイチジクはずっしりと重く、八百屋さんの店頭に並んでいるものの何倍もの甘さを感じさせるものでした。それは、ちょっと「良心の呵責」という罪の味も含まれていたかもしれません。

 その時に、同じ罪(?)を犯してしまった近所の遊び仲間たちとは、とっくに離れ離れになり会うこともありませんが、イチジクの実を見て、ふと思い出すこともあるだろうかと、郷愁に似た思いにもなるのです。

 今でもイチジクの実は、おさない頃のある特別な一日の出来事を思い起こさせ、軽い痛みを伴いながら心の中にいつもあります。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


追悼コンサートの夜に……

 高校時代の恩師の追悼コンサートが今日行われました。半年前から練習を始め、多くの人たちの協力も得て素敵なコンサートとなりました。合唱・音楽を愛する人たちを中心に、その方たちにつながる本当に多くの人たちが心を寄せてくださることでできたことだと思っています。
 ひとつのことをなしとげるということは、本当にすごいことだといつも感じます。それがたとえ小さなことであったとしても。 人が何かをするとき、絶対に自分一人ではできません。必ず、気持ちの面で支えてくれる人、成功を祈ってくれる人、自分のために時間を割いて協力してくれる人、「よかったよ」「おつかれさま」と声をかけてくれる人…、私たちはいつもたくさんの人に支えてもらっていることに気づきます。
 心が落ち込んでいるときは、自分にばかり神経が集中し、周りが見えにくくなっています。そんな時期がだれにもあります。そんなときは、しばし自分の中に入り込んでじっとしていることも大事なことだと思っています。自分を責めず、自分の心が少しずつ癒されることを、あせらず待ってあげることでゆっくり回復できるでしょう。明日の天気が今日の天気とは違うように、明日の自分は今日の自分とは違うかもしれません。悩んでいることも、明日になると少し変わって見えたりすることもあるでしょう。
 少しずつ周りが見えてくると、落ち込んでしまう前には見えてなかったものまで発見できたりするのです。 となりにいてくれる人の笑顔、心配そうに見ていてくれる顔、さりげなく送られた一通のメール、かわいいスタンプ、心のこもった温かいスープ…。 誰かの気持ちを受け止める余裕が生まれると、自分の心もほんの少し楽になります。そして、「自分もだれかのために笑顔をプレゼントできたら」と思えたら、そんな素敵なことはありません。
 
 追悼コンサートが終わった夜に、いつまでも歌声が響いていました。人同士の温かい支え合いのことを思い、深く感謝した一日でした。   (2020.1.26)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


ある朝起きたらラズベリーが枯れていた

 友人から聞いたお話です。
 友人は家の小さな庭にラズベリーの木を植えていました。毎年たくさんの実をつけ、収穫した実はジャムにしたり、ケーキを焼き、ラズベリージャムを混ぜてピンク色になった生クリームで飾り付けをしたりして楽しんでいたのです。
 ある朝、庭に出てラズベリーを見ると先端が茶色く枯れかけていました。「えっ、どうして?!」と信じられない思いになりましたが、どうすることもできず見守っていると、どんどんと茶色くなっていき、枯れてしまったというのです。友人はラズベリーのまわりの草もすべて枯れてしまっているのを見て、義父に尋ねました。すると義父は、草だらけになっているから周りに除草剤をまいたと言うのです。友人はとても悲しい気持ちになりました。毎年たくさんの実をつけてくれた、かわいい木が枯れてしまい、かわいそうでしかたなかったのです。
 人は人とかかわる中で、どうしてこの人はこんなふうに言うのだろうとか、こんなことをするのだろうと思うことはよくあると思います。そして時にはそういったことで自分の心まで傷ついてしまうことがある……。
 私は友人に、これからは庭に何も植えない、何もしないということも一つの選択肢、と話しました。義父さんは、ほったらかされて草ぼうぼうになった庭を見て、「わしの役目!」とばかりに除草剤をまくかもしれません。
 事態はどう変わるか分かりません。人も日々変わることが考えられます。目の前のことにとらわれすぎて傷ついてしまうより、ゆっくり構えた方が良い場合もあるでしょう。また、人の機嫌が急に悪くなったとか、疎遠になられたりすることがあったとしても、自分自身を責めることはないと思います。
 だれより何より大切な自分の心を一番に考え、大事にしていきたいものです。







 

花子さんと太郎さんのものがたり

 花子さんは会社員です。今日は午前中、大切なお客様とお話をしなければならないので、お気に入りの淡いクリーム色のスーツを着て出勤しました。午後はその日は少し暑くなってきたので、上着を自分の椅子に掛けて、自分のデスクのある部屋とは別の場所で仕事をしていました。

 さて、仕事が終わり、自分のデスクに戻って帰る用意をしていたところ、椅子に掛けてあった上着に点々とたくさん黒いものが付着しているのに気づきました。まだ残って仕事をしている同僚の太郎さんに尋ねてみると、太郎さんは次のように話してくれました。「花子さんのデスクの左隣の由子さんが、黒色のインクの瓶を落として、周りに飛び散ったため必死に床を拭いていた。その時に付いたのではないか。由子さんはもう帰ったので、明日伝えた方がいいと思う。」

 床を見ると、なるほど少し黒い、取り切れていないシミが残っていました。

 花子さんはお気に入りのスーツだったのでとても悲しい気持ちになりました。もう午後7時を過ぎていましたが、自宅近くのクリーニング店に行ってみました。そこは、40歳くらいの優しい男の人が営んでいるクリーニング店でした。「捨て猫がいるとかわいそうで、ぼくは放っておけないのですよ。」と言ってたくさん猫を養っていました。猫たちはそのご主人にとてもなついているようでした。

 その日はもうお店は閉まっていましたが、そのご主人は優しく対応してくれました。「これはとてもショックですよね。わかりました。時間との勝負だと思いますから今からやってみましょう。」と黒いシミのついたスーツの上着を預かってくれました。ご主人は工場を開け、黒いシミをひとつひとつ丁寧に取ってくださったのだと思います。次の日の夜、受け取りに行くと、すっかり新品のようになったスーツがありました。本当に「プロの仕事」とは、こういうものをいうのだと感動しました。

 ところで花子さんは、由子さんになかなか言い出せずにいました。太郎さんが「どうして言わないのですか?」と言ってくれたのですが。

 そこでその翌日、太郎さんは、花子さんの椅子に掛けてあった上着に黒いしみが付いていたことを由子さんに伝えてくれたのですが、由子さんは「私には分からないです。」と答えたそうです。

 花子さんは、お金はかかったけれども、すっかり元通りになったし、感動することもできたので、まあ、よかったと思うことにしました。

 それから半年後、そのクリーニング店のご主人は体調を崩され、お店は休業となりました。そして、それから1年が経った頃に、ご主人は病気で亡くなられたのです。

 花子さんは今も、猫たちをやさしくなでて、エサをあげているご主人の姿が目に浮かぶのです。そして、夜遅くに、「このシミを絶対取ってやるぞ!」といっしょうけんめいに仕事をしてくれたご主人の姿を心に思い描き、涙が出そうになるのです。

 

 

 

 

 

 

 


「おかんがぼくのゲームを割った!」

 小学校5年生のK君はゲームに夢中になっている。お母さんがどれだけ注意しても「分かっとる」という生返事のまま続けている。だんだんお母さんの怒りもマックスに近づき、「ゲームばかりやっとるとアホになるんや!」などと声を荒げてしまう。K君は「うるさいなあ」と思いながらも、どうしても今やめることができず、「あとちょっとだけ」と言い返す。

 ついにお母さんはゲーム機を取り上げ、割ってしまったというのである。

 言うことを聞かないK君に腹を立てるお母さん。ゲーム機を割られて好きなことができなくなったことに腹を立てるK君。

 家の中に残念な「怒り」の空気が浮遊している。

 

 最近は友達の家に遊びに行くといっても、一緒にゲームをすることが多く、外で遊ぶことも少ないということも聞きます。子どもだけでなく大人の心も「とりこ」にしてしまうスマホ、ゲームですが、私は子ども達に、ゲーム中の脳の中では何が起こっているのかを分かりやすく話すようにしています。スマホ、ゲームにより脳の機能の一部がより発達するという研究結果もあると聞きます。それはそうだろうとは思いますが、脳の中の「こころ」の部分は眠ってしまいます。

 この「こころ」の部分は、人を人らしくさせる大切な部分です。「こころ」の部分が眠ってしまうと、カッとなりやすかったり(イライラしやすい)、不注意になったり(忘れ物が多い)、ゲーム以外のことに意欲がなくなったり(集中力の低下)、健康障害(自律神経の乱れ)が出たりすることが分かってきています。特にこれから豊かに成長していってほしい子ども達の脳の一部がほとんど停止状態のようになってしまうということに危機感を覚えます。

 正しい知識で科学的に、納得できるように繰り返し子ども達に話していくことで、スマホやゲームと上手に付き合っていってもらえればと願っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


少し未来が見えますか

 子どもたちに「こころはどこにあるのでしょう?」と問いかけることがあります。  

 大人も子どももだれもが、自分やまわりの人の「こころ」の取り扱いに困り、悩むことがあると思います。

  「こころ」のことを考えて思い悩む人は、弱い人ではなくて、「感受性が豊かで優しい人」、「人を思いやることのできる人」です。  

 今回 わたしは、教員を目指す若い人たちへの応援メッセージとして『少し未来が見えますか?』(一粒書房)を自費出版しました。 子どものことが好きで、教員になったけれども、いろいろなことに悩んでこころを病んでしまっているやさしい先生がたくさんいると聞きます。自分を認めて自信を持って、ゆっくりと一歩をまた踏み出してみてほしいと思っています。子どもたちは、キラキラ瞳を輝かせて、そんなやさしい先生を待っています。

 『少し未来が見えますか?』の中の一節を少し紹介させてください。  

 

 学校現場は相当「ブラック」と言われている。私の友人やら知り合いにも学校の先生がいるけれど、若い先生がとっても悩んでいるという話を聞くことがある。当然、若い先生でなくても、とっても悩んでいる人はたくさんいるだろうけど、まだ教員採用試験に合格していない講師の先生などは、道を変更した方がいいのかなあとの迷いもあって大変みたいだ。子ども達のことが大好きで教えることが大好きな若い先生が夢破れたみたいな形で他の職に進路変更するというのはとても寂しい。  

(略)  

 人は、どんな後悔や逆境の経験があっても必ず乗り越えられます。でも、そのときに、理解し愛してくれて心から信頼できる人の存在が必要です。 子どもが道に迷った時、そっと手をつないで歩いてくれる大人が一人いたら、その子は行くべきところにきっとたどり着けるでしょう。大人だって同じです。  

 人生の中で、人は助けられる立場であったり助ける立場であったり、その時その時でいろいろなシチュエーションに身を置きます。どうしてこうも人生はけっつまずくことばかり?と思うことは何度も何度もあると思います。 けっつまずいて青あざつくり、血を流してしまってもいいです。一生傷ができたっていいです。それもあなたの人生の一つ。けっつまずいたときに見上げた空に少し未来が見えたら、立ち上がって、もう一歩進んでみませんか? どうかあなたの視界にいつも、ほんの少しの「未来」が見えますように。  

 

 「がんばれ、若い先生!」

 

 

 

 

 

 


中庭の亀さん・・・

 ある学校の中庭に亀の池があります。その池には亀が4匹住んでいます。池の真ん中にはブロックの島が作ってあり、その島で時折 亀が甲羅干し(日光浴)をしているのを見かけます。

 夏の暑いときは、日光浴をする姿をあまり見かけませんでしたが、少し日差しの勢いも和らぎ、今日は のどかに日光浴をしている姿を見ることができました。私はまだ、4匹が同時に日光浴をしているのを見たことがありませんが、朝一番に学校に来ると、4匹がまるで組体操のようにブロックの島の上にいるのを見ることができるのだそうで、それを教えてくれた生徒は、「早起きは三文の徳(得)というわけです!」と笑って言っていました。

 亀がのどかに泳いだり日光浴をしたりする姿は、子どもたちの癒しになっているようです。

 池の水替えと掃除を年に2回、子どもたちはしています。池に住む4匹の亀と魚をすべて別の水槽などに慎重に移し、水を全部かい出して、ゴシゴシと底をデッキブラシでこすりきれいにします。そして水を張り、亀や魚を戻します。その作業をしている子どもたちの顔はとても生き生きとしています。大変な作業ではありますが、子どもたちが本当にその作業を楽しみにしているのだということが伝わってきます。

 時折しか見ない私でさえ、なんだか亀さんに愛着を感じてしまっているのですから、毎日見ている子どもたちにとって亀さんたちに対する思いは大変強いのだろうと思います。

 身近に小動物がいて大切にするということは、子どもの心にとって、とても大切なことなのだと思います。

 これからも亀さんがいつまでも元気でいてくれて(「亀は万年」ですね…)、子どもたちの健やかな成長を見守ってくれますように。

 

 

 

 


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